社会保険の適用拡大(従業員51人以上)の実務対応ガイド

社会保険の適用拡大(従業員51人以上)の実務対応ガイド
鮎澤パートナーズ代表 鮎澤 竜哉
公認会計士 第47928号・税理士 第159175号・社会保険労務士 第13240067号・行政書士 第24061284号
年間100社以上の法人決算・会社設立・税務調査対応を支援。

2024年10月から始まった社会保険適用拡大の実務対応を、経営者・人事担当者向けに完全ガイドします。特定適用事業所の該当判定、従業員数のカウント方法、6ステップの対応フロー、キャリアアップ助成金の活用、130万円の壁と被扶養者認定の実務までカバーします。この記事を読めば、自社が何をいつまでに実行すべきかが分かります。

🏆 結論:厚生年金被保険者51人以上で「特定適用事業所」

2024年10月改正(厚生年金保険法)により、厚生年金被保険者が常時51人以上の事業所が「特定適用事業所」となり、週20時間以上勤務の短時間労働者が社会保険加入対象となりました。従業員数は法人番号が同一の全企業合計でカウントします。直近12ヶ月のうち6ヶ月で基準を超えると日本年金機構から「特定適用事業所該当通知書」が送付され、自動的に適用開始となります。対応は加入対象者の把握→面談→届出→給与システム改修→社内教育→助成金申請の6ステップです。

社会保険適用拡大の経緯と2024年10月改正の核心

社会保険適用拡大は2016年10月から段階的に進められてきた改正で、2024年10月の改正は第3段階に位置付けられます。

適用拡大の段階的進展

時期 企業規模要件 変更点
2016年10月501人以上適用拡大スタート
2022年10月101人以上対象企業拡大、勤務期間要件が2ヶ月超に短縮
2024年10月51人以上現行の適用拡大
2026年10月段階的撤廃開始賃金要件(月8.8万円)撤廃
2029年10月個人事業所も拡大従業員5人以上の個人事業所、全業種適用

2024年10月改正の新規加入対象者

2024年10月改正で、従業員数51〜100人の企業に勤務する以下の全要件を満たす短時間労働者が、新たに社会保険加入対象となりました。

特定適用事業所の該当判定|従業員数のカウント方法

実務で最初に判定すべきは、自社が「特定適用事業所」に該当するかどうかです。カウント方法を誤ると、手続き漏れが生じます。

「従業員数」のカウント範囲

ここでの「従業員数」は、法律上の正確な意味では「厚生年金保険の被保険者数」です。以下の人数を合算します。

カウント対象 具体例
A:現在の厚生年金被保険者フルタイム正社員、週30時間以上のパート等
B:労働時間・労働日数が正社員の3/4以上の者準フルタイムのパート等
A+Bの合計が「従業員数」役員も含む

💡 実務のポイント

法人の場合は「法人番号が同一の全企業合計」でカウントします。グループ会社を別法人にしていても、同じ法人番号でなければ個別判定です。個人事業所は事業所ごとのカウントとなり、グループ全体ではありません。短時間労働者(新規加入対象者)自身はカウントから除外される点に注意してください。

「常時」51人以上の判定基準

「常時51人以上」とは、短期間の変動ではなく継続的な状態を指します。日本年金機構の運用では、直近12ヶ月のうち6ヶ月で基準を超えた場合に適用事業所として認定されます。

自社判定の3つの方法

特定適用事業所該当通知書の受領と手続き

特定適用事業所の要件を満たすと、日本年金機構から通知書が送付されます。受領後の実務対応を整理します。

通知書の種類と意味

通知書 送付タイミング 意味
特定適用事業所該当通知書該当月の翌月頃以後、短時間労働者も加入対象
特定適用事業所不該当通知書従業員数が減少した場合短時間労働者は原則脱退(但し任意特定適用可)

自主届出の必要性

日本年金機構の通知を待たず、自主的に判定・届出することが原則です。要件を満たしているのに届出を怠ると、短時間労働者の加入漏れとして2年遡及で保険料を請求される可能性があります。

6ステップの実務対応フロー

特定適用事業所になった企業が実施すべき対応を、時系列で6ステップに整理します。

⭐ 推奨スケジュール:6ヶ月前から準備

ステップ1:加入対象者の把握

全従業員のうち、4要件(週20時間以上・月8.8万円以上・2ヶ月超・非学生)を満たす短時間労働者をリストアップします。弊所の実務では、給与計算データと勤怠データを突合して、週所定労働時間が20時間以上の従業員を抽出し、月給・社労士情報と合わせて一覧表を作成します。

ステップ2:対象者への説明・面談

対象者には社会保険加入の意義(将来の年金増額・傷病手当金受給資格など)とデメリット(手取り減少・配偶者の扶養から外れる等)を個別面談で説明します。書面を用意して記録に残すのが実務の標準です。

ステップ3:被保険者資格取得届の提出

適用開始日から5日以内に「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届」を年金事務所に提出します。電子申請が推奨されており、e-Govから行えます。マイナンバー記入により基礎年金番号と連携が可能です。

参考: 厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト」

ステップ4:給与計算システムの設定変更

新規加入者について、給与計算システムの社会保険料控除設定を変更します。クラウド給与ソフト(マネーフォワード・freeeなど)を利用している場合は、自動計算に反映するだけで済みます。手計算の場合は標準報酬月額の決定と控除額の算出が必要です。

ステップ5:社内教育・広報

適用拡大の概要・メリット・デメリットを全従業員に周知します。特に配偶者の扶養内で働くパート従業員が多い場合、「働き方の選択」を支援する情報提供が重要です。

ステップ6:キャリアアップ助成金の申請

社会保険料の負担増を軽減するため、国は「キャリアアップ助成金 社会保険適用時処遇改善コース」を用意しています。加入対象者の賃金引上げ等を行った企業に助成金が支給されます。

参考: 厚生労働省「キャリアアップ助成金 社会保険適用時処遇改善コース」

🧮 キャリアアップ助成金の目安額

・「手当等支給メニュー」:1人あたり最大50万円
・「労働時間延長メニュー」:1人あたり最大30万円
・「併用メニュー」:1人あたり最大50万円
中小企業で10人分の加入を支援すれば、最大500万円程度の助成金が期待できます。

会社負担・従業員負担の増加シミュレーション

経営者が最も関心を持つのは、適用拡大によるコスト負担の増加額です。具体的な数値で計算します。

従業員1人あたりの月額負担増

月額賃金 標準報酬月額 会社負担(月額) 従業員負担(月額)
8.8万円(年収約106万円)88,000円約13,400円約13,400円
10万円(年収120万円)98,000円約15,000円約15,000円
12万円(年収144万円)118,000円約18,000円約18,000円

※ 健康保険9.98%・厚生年金18.3%(労使合計)で概算。介護保険(40歳以上)・雇用保険は別途。

企業全体のコストインパクト例

🧮 従業員80人企業でのコストシミュレーション

前提:従業員80人のうち新規加入対象者が20人(全員月額賃金10万円)
・会社負担増:15,000円×20人×12ヶ月 = 年間360万円
・キャリアアップ助成金(10人分想定):最大500万円
差し引き:助成金が負担増を上回る可能性も(時限措置に注意)
※ただし助成金は原則1人1回限りで継続的な効果はないため、長期的には純粋なコスト増となります。

企業規模要件の段階的撤廃と将来の影響

2026年10月からは、企業規模要件が段階的に撤廃される予定です。この流れで、現在51人未満の中小企業も将来的に対応が必要となります。

2026年10月以降のスケジュール

📢 従業員50人以下の中小企業への示唆

2029年10月の完全撤廃前提で、今から「任意特定適用事業所」への移行準備を検討する中小企業も増えています。社会保険加入は採用競争力の一部となっており、人材確保の観点から早期対応が有利な場合もあります。

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130万円の壁と被扶養者認定|2026年4月改正

短時間労働者の加入拡大と並んで重要なのが、配偶者等の「被扶養者」の認定基準変更です。2026年4月から判定方法が変わります。

被扶養者の基本要件

健康保険法第3条第7項により、被扶養者は以下の要件を満たす必要があります。

2026年4月からの判定方法変更

従来、130万円未満の判定は「過去・現在の収入実績」と「将来の収入見込み」を総合的に判断していました。これが2026年4月から「労働契約(労働条件通知書)に記載された年収見込み」を主要基準とする運用に変更されます。

💡 実務のポイント

労働条件通知書に記載された年収見込みが基準額未満であれば、一時的に収入が増えても被扶養者を維持できます。ただし、従来の「事業主の証明」制度(一時的な収入超過時の扶養維持)も併用可能なため、労働契約の作り方次第で柔軟な運用が可能です。

大学生等の特例(2026年4月〜)

19歳以上23歳未満の大学生等については、被扶養者認定の収入基準が年収150万円に引き上げられます。アルバイトで年収130万円を超える学生が、親の健康保険の扶養を外れなくて済むよう配慮された改正です。

適用拡大で迷いやすい論点と対応

実務で判断に迷う典型論点を整理します。

論点1:残業が常態化している場合

雇用契約上の所定労働時間が週20時間未満でも、残業を含む実労働時間が2ヶ月連続で週20時間を超え、それが継続すると見込まれる場合は社会保険適用となります。「契約上の所定労働時間」と「実際の労働時間」の乖離を定期的に点検する必要があります。

論点2:雇用契約期間2ヶ月の扱い

雇用契約の期間が当初2ヶ月以内でも、「自動更新」「更新される場合がある」など契約書に明記されている場合は、契約当初から社会保険適用となります。最初は契約更新見込みがなかったものの、就業後に更新見込みが発生した場合は、その時点から適用となります。

論点3:月額賃金の算定

月額8.8万円の判定は、基本給・諸手当の合計額で行います。以下は算定対象外です。

論点4:複数事業所での勤務(ダブルワーク)

複数の事業所で勤務している場合、各事業所ごとに加入要件を判定します。両方で要件を満たす場合は、「二以上事業所勤務者」として届出が必要です。合計賃金で標準報酬月額を決定し、保険料を事業所ごとに按分します。弊所が関与した事例では、2つの塾講師業務を掛け持ちしている従業員で、両方とも週15時間勤務だったため社会保険適用外となりました。

未対応企業への行政指導とペナルティ

特定適用事業所に該当するのに届出・手続きを行わなかった場合のリスクを整理します。

行政指導の流れ

刑事罰の可能性

厚生年金保険法第102条により、届出を故意に怠った場合は6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金の対象です。実務上は刑事罰に至るケースは稀ですが、過去2年分の保険料徴収は頻繁に行われます。

関連する社会保険・労務のテーマ

社会保険適用拡大は、他の労務テーマと連動して検討する必要があります。

社会保険制度の全体像は社会保険とは?制度の全体像と加入義務で詳述しています。106万円の壁の撤廃は106万円の壁撤廃と企業規模要件の段階的撤廃、年収の壁の全体像は年収の壁を完全整理をご覧ください。就業規則の改定は就業規則の作成・変更の実務、キャリアアップ助成金の申請はキャリアアップ助成金の活用ガイドで解説しています。

よくある質問

従業員数は全社合計ですか、それとも事業所ごとですか?
法人の場合は法人番号が同一の全企業合計でカウントします。支店・営業所が複数あっても、同じ法人なら合算です。個人事業所の場合は事業所ごとのカウントとなります。グループ会社を別法人にしている場合は、それぞれ個別判定です。
特定適用事業所の通知書が届く前でも、社会保険加入させるべきですか?
はい、自主的に判定・届出することが原則です。要件(厚生年金被保険者51人以上)を満たしているのに届出を怠ると、短時間労働者の加入漏れとして後で2年遡及請求される可能性があります。日本年金機構の通知は、自主判定を補完する運用です。
月額賃金には賞与や残業代が含まれますか?
含まれません。月額8.8万円の判定は、基本給と諸手当(役職手当・技能手当等)の合計額です。残業代・通勤手当・賞与・臨時手当は算定対象外です。ただし、残業が常態化している場合は別途「実労働時間が週20時間以上」の観点から適用判定される可能性があります。
従業員が社会保険加入を拒否する場合はどうすればよいですか?
従業員が加入要件を満たせば、社会保険加入は法的な義務であり本人の同意は不要です。事業主は加入手続きを強制的に進める必要があります。ただし、「労働時間を週20時間未満に抑える」「収入を配偶者の扶養範囲内に維持する」といった働き方の変更は本人の選択であり、事業主と協議の上で労働条件を変更することは可能です。
キャリアアップ助成金はいつまで申請できますか?
キャリアアップ助成金の社会保険適用時処遇改善コースは2025年度以降も継続予定ですが、時限措置であり終了時期が定められる可能性があります。最新情報は厚生労働省のサイトで確認し、対象となる従業員がいる企業は早めの申請を推奨します。
雇用契約書の労働時間を週19時間にすれば社会保険加入を回避できますか?
契約上週19時間でも、実労働時間が2ヶ月連続で週20時間を超えれば適用となります。雇用契約の書面だけで判断されるのではなく、実態で判定されるため、人為的に契約を20時間未満にしても残業常態化があれば適用されます。なお、そのような意図的な契約調整は「適用除外の潜脱」として問題視される可能性があります。
配偶者の扶養内で働いているパートは、適用拡大で扶養から外れますか?
適用拡大の要件を満たすと配偶者の被扶養者から外れ、自ら勤務先の社会保険に加入することになります。例えば年収100万円のパートで週20時間以上勤務すれば、2024年10月以降(51人以上の企業)は加入対象です。扶養を維持したい場合は、週20時間未満に調整するか、配偶者の職場で扶養手続きを継続するかの選択が必要です。
特定適用事業所になった後、従業員数が50人以下に減った場合はどうなりますか?
いったん特定適用事業所となった後、従業員数が基準を下回っても、原則として短時間労働者の社会保険加入は継続します。これは「任意特定適用事業所」として扱われるためです。被保険者の4分の3以上の同意を得て「任意特定適用事業所不該当申出書」を提出すれば、適用除外に戻すことも可能です。

まとめ

📋 この記事のポイント

  • 2024年10月から厚生年金被保険者51人以上が特定適用事業所に
  • 従業員数は法人番号同一の全企業合計でカウント
  • 短時間労働者の加入要件は週20時間・月8.8万円・2ヶ月超・非学生の4要件
  • 日本年金機構から「特定適用事業所該当通知書」が送付される
  • 実務対応は6ステップ(把握→面談→届出→システム改修→教育→助成金)
  • 従業員1人あたり月額1.5万円程度の会社負担増
  • キャリアアップ助成金で1人最大50万円の補填可能
  • 2026年10月に賃金要件撤廃、2029年10月に企業規模要件撤廃予定
  • 130万円の壁は2026年4月から労働契約書ベースの判定に移行
  • 未対応企業は過去2年分の遡及徴収リスク