【社労士×税理士が解説】「つながらない権利」と出社回帰の労務管理|労基法改正動向を先読み

監
鮎澤パートナーズ代表 鮎澤 竜哉
公認会計士 第47928号・税理士 第159175号・社会保険労務士 第13240067号・行政書士 第24061284号
年間100社以上の法人決算・会社設立・税務調査対応を支援。
「つながらない権利」と出社回帰の労務管理|労基法改正動向を先読み
「勤務時間外の業務連絡に返信しなくてよい」——フランスが2016年に法制化した「つながらない権利」。日本でも2026年労働基準法の大改正で議論の対象となっています。同時進行する出社回帰の流れとのバランスをどう取るか、社労士と税理士が規程整備のポイントと助成金活用法を先読みで解説します。
🏆 結論:法制化を待たず「社内ルール整備+勤務間インターバル」で先手を打つ
「つながらない権利」は2026年時点で日本では法制化されておらず、ガイドライン策定レベルの議論段階です。しかし、勤務間インターバル制度(2019年4月から努力義務)は既に法令化されており、助成金の対象にもなっています。深夜・休日の業務連絡を管理するルール+最低9時間のインターバル導入で、法制化を待たずに労働生産性と採用力を同時に高められます。
「つながらない権利」とは何か
定義と背景
「つながらない権利」(Right to Disconnect)とは、勤務時間外・休日に業務連絡(メール・電話・チャット等)への対応を拒否でき、拒否を理由に人事評価や待遇で不利益を受けない権利を指します。
スマートフォンとビジネスチャット(Slack・Teams等)の普及により、「夜でも休日でも上司からの連絡が来る」状況が常態化し、労働者の健康・生活時間への侵食が問題化しました。特にテレワーク普及以降、勤務時間と私生活の境界が曖昧になり、常時オンライン状態によるメンタル不調・離職が社会課題として認識されています。
世界の法制化状況
| 国・地域 |
導入時期 |
制度内容 |
| フランス | 2016年 | 労働法典改正、従業員50名以上に労使協議義務 |
| イタリア | 2017年 | スマートワーキング法で部分的に言及 |
| スペイン | 2018年 | 個人情報保護法で勤務時間外の接続切断権 |
| EU全体 | 2021年 | 欧州議会が加盟国に法制化を勧告する決議採択 |
| カナダ(オンタリオ州) | 2022年 | 25名以上の企業に社内方針策定義務 |
| オーストラリア | 2024年 | 公正労働法改正で勤務外連絡を無視できる権利を明記 |
| 日本 | 議論中 | 2026年労基法大改正で検討、当面ガイドライン策定の方向 |
日本の議論の現状
厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」(2024年9月以降)で、2026年労働基準法の大改正に向けた議論が進行中です。ただし、つながらない権利について現時点で検討されているのは法的義務化ではなく、ガイドライン策定による労使話し合いの促進です。
諸外国でも法律に罰則付きで明記している例は稀で、多くは労使協議の場を設けることを義務化する内容にとどまっています。日本でも同様のアプローチが予想されますが、ガイドラインが出た時点で労働基準監督署の指導基準となるため、先行対応の価値は十分にあります。
参考: 厚生労働省「労働基準関係法制研究会」
勤務間インターバル制度——先行して法令化された「休息確保」の仕組み
制度の概要と根拠
勤務間インターバル制度とは、勤務終了から次の勤務開始までに一定時間以上の休息時間を設ける制度です。働き方改革関連法により、2019年4月から「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」第2条で努力義務として位置づけられました。
- 法的性質:努力義務(罰則なし)
- 推奨される休息時間:9時間以上(助成金基準)、11時間以上(EU基準)
- 対象:全業種(自動車運転者は「改善基準告示」で原則11時間以上、最低9時間以上が明文化)
インターバル時間の目安(9時間 vs 11時間)
| 基準時間 |
根拠 |
特徴 |
| 9時間 | 厚労省助成金の下限基準 | 実務導入しやすい現実解 |
| 11時間 | EU労働時間指令 | 国際標準・健康維持に適切 |
導入時の具体的な運用イメージ
🧮 インターバル9時間・11時間の運用例
【9時間インターバル】23時退勤 → 翌日8時以降始業可能
【11時間インターバル】22時退勤 → 翌日9時以降始業可能
仮に翌日8時始業が所定だとしても、インターバル時間を確保するため勤務開始を繰り下げるか、既定開始分を勤務したものとみなす運用が必要です。
勤務間インターバル導入の助成金
厚生労働省は「働き方改革推進支援助成金(勤務間インターバル導入コース)」で、中小企業の導入を支援しています。2026年4月時点の主要な要件と金額は以下の通り。
| 達成目標 |
インターバル時間 |
上限額の目安 |
| 新規導入 | 9時間以上11時間未満 | 40万円 |
| 新規導入 | 11時間以上 | 100万円 |
| 適用範囲拡大 | 9時間以上11時間未満 | 20万円 |
| 適用範囲拡大 | 11時間以上 | 50万円 |
※2026年4月時点の一般的な目安。最新金額は厚生労働省の公式情報をご確認ください。交付申請には事業実施計画の提出が必要です。
参考: 厚生労働省「働き方改革推進支援助成金(勤務間インターバル導入コース)」
出社回帰の動向とテレワークの行方
大手企業の出社回帰発表
2023年以降、米国大手テック企業(Amazon・Google・Meta等)が週3〜5日の出社方針を打ち出し、日本企業でもこれに追随する動きが広がりました。出社回帰の主な理由として、以下が挙げられています。
- 対面コミュニケーションによる生産性・創造性の向上
- 新人教育・OJTの困難さ
- 組織文化・帰属意識の希薄化
- セキュリティリスクの管理
- オフィス賃料の固定費化(縮小の困難さ)
出社回帰に対する従業員の反応
テレワークに慣れた従業員から出社回帰への強い反発があり、以下の対応が散見されます。
- 転職活動の活発化(リモート可の求人への流出)
- 出社日数の遵守率の低下
- 通勤コストの請求増加(通勤手当・交通費清算)
- メンタル不調による休職の増加
💡 実務のポイント
弊所が関与した従業員50名のIT企業では、2025年に「週3日出社」方針を打ち出しましたが、若手エンジニア5名が半年以内に退職。採用コスト1名平均200万円×5名=1,000万円のダメージとなりました。出社回帰は経営判断として正当ですが、一方的な制度変更ではなく、生産性・コミュニケーションの必要性を丁寧に説明する対話プロセスが不可欠です。
労働契約法上の注意点
テレワークを前提とした採用を行った後、一方的に出社を命じる変更は、労働契約の不利益変更に該当する可能性があります(労働契約法第8条、第9条、第10条)。
| 採用時の状況 |
出社回帰の可否 |
| 採用時から出社前提(テレワークは特例的運用) | 原則として可(従前の勤務形態に戻す) |
| 採用時に「フルリモート」と明示 | 個別同意なき変更は困難 |
| 採用後に就業規則でテレワークを制度化 | 合理性のある変更なら可(労働条件の周知必要) |
| 特定の従業員のみ出社命令 | 業務上の必要性・不利益度合いで判断 |
AYUSAWA PARTNERS
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企業が今すぐ取り組むべき先行対応
対応① 業務連絡ルールの明文化
「つながらない権利」の法制化を待たずとも、社内ルールとして以下を定めることが可能です。
- 連絡時間帯の原則:平日9時〜18時以外は原則として業務連絡を行わない
- 緊急連絡の定義:人命・顧客への重大影響・システム障害等、具体的な列挙
- 対応義務の範囲:勤務時間外の連絡への即時応答義務はない旨を明記
- チャットツール運用:Slack等のステータス機能で「業務時間外」を明確化
- 管理職研修:深夜休日の連絡は原則禁止、どうしても必要な場合は具体的な合理化根拠を要求
対応② 勤務間インターバルの段階的導入
いきなり全社で11時間導入が難しければ、以下のステップで段階的に運用可能です。
- ステップ1:管理職のみで最低8時間を試行運用(3〜6か月)
- ステップ2:全社で9時間を正式導入、就業規則に反映
- ステップ3:勤怠管理システムのアラート機能で自動チェック
- ステップ4:11時間への拡張を検討、助成金の適用範囲拡大コースを活用
対応③ 就業規則・勤怠システムの改修
就業規則に以下の条項を追加します。
📐 就業規則追加条項の例
- 第○条(勤務間インターバル):終業時刻から次の始業時刻までの間、原則として9時間以上の休息時間を確保する
- 第○条(時間外連絡):所定労働時間外の業務連絡は原則として行わない。やむを得ず行う場合は、返信の要否・緊急性を明示する
- 第○条(休息時間の例外):顧客対応・システム障害等、やむを得ない場合は短縮可能、その場合は翌日以降の休息時間で補填
対応④ 管理職のKPI見直し
深夜休日の業務連絡は、多くの場合管理職の時間管理の失敗が原因です。管理職のKPIに「部下の時間外労働時間」「勤務間インターバル遵守率」を組み込み、連絡量そのものを減らすインセンティブを設計します。
対応⑤ システム的な連絡制限
技術的な対策として、以下が有効です。
- ビジネスチャットの「おやすみモード」自動設定(所定時間外は通知を自動停止)
- 業務メールの送信遅延機能(深夜に書いても翌朝送信)
- VPN・業務システムへの時間外アクセス制限
- スマートフォンのMDMで業務アプリの起動時間帯を制御
税務・会計面での留意点
勤務間インターバル導入時の助成金の会計処理
📊 税理士の視点
勤務間インターバル導入コースの助成金は、原則として雑収入として益金に算入されます(法人税法第22条)。助成金で購入した設備・ソフトウェアが資産計上された場合、圧縮記帳の適用を検討することで課税の平準化が可能です。就業規則改定の社労士費用、勤怠システムの改修費は損金として全額費用計上できます。助成金の交付申請から入金までに1年以上かかるケースもあり、入金タイミングと経費計上タイミングのズレによる一時的な課税が発生する点に注意が必要です。
残業代削減による人件費の影響
勤務間インターバル・つながらない権利の導入により、残業時間が減少した場合、人件費の削減効果と離職率の改善効果が期待できます。弊所が労務監査で関与した従業員35名の会社では、11時間インターバル導入後6か月で、月間残業時間が平均25時間→18時間に減少、月次人件費で約85万円の削減効果がありました。
関連する論点・次にすべきこと
「つながらない権利」「勤務間インターバル」は、就業規則の整備、テレワーク規程、労働時間管理全般と密接に関連しています。以下の記事も併せてご確認ください。
よくある質問(FAQ)
「つながらない権利」は日本でいつ法制化される予定ですか?
2026年4月時点で、日本で「つながらない権利」は法制化されていません。厚生労働省の労働基準関係法制研究会で議論中で、2026年の労基法大改正の検討項目となっていますが、当面はガイドライン策定による労使話し合いの促進が中心になる見込みです。法律による義務化は見送りの方向と報道されています。ただし、ガイドラインが発出された時点で労働基準監督署の指導基準となるため、先行対応の価値は十分にあります。
勤務間インターバル制度は、何時間以上が義務ですか?
勤務間インターバル制度は2019年4月から努力義務化されていますが、法令で具体的な時間数は定められていません。助成金の対象基準は9時間以上または11時間以上です。EUでは24時間中11時間以上の休息を加盟国に義務付ける労働時間指令があります。自動車運転者については「改善基準告示」で原則11時間以上・最低9時間以上が明文化されています。一般業種では、まずは9時間から導入して段階的に拡張するのが実務的です。
出社回帰は従業員の同意なく進められますか?
採用時の条件・その後の運用状況によります。採用時から「出社前提」で雇用契約を結んでおり、コロナ禍の特例としてテレワークを認めていた場合は、元の勤務形態に戻すことは原則可能です。一方、採用時に「フルリモート」と明示していた場合や、就業規則で制度化されていた場合は、労働契約法第9条の不利益変更に該当する可能性があり、個別同意または合理性のある就業規則変更が必要です。移行期間・代替手段(在宅手当の支給・通勤手当の増額等)を設ける配慮が裁判例で重視されています。
管理職が深夜にチャットを送るのを禁止したいのですが、どう制度化すればよいですか?
①就業規則で「所定労働時間外の業務連絡は原則として行わない」旨を明記、②管理職のKPIに「部下の時間外労働時間」「勤務間インターバル遵守率」を組み込み、③ビジネスチャットの「おやすみモード」自動設定、④送信遅延機能の活用——の4点セットが効果的です。強制力だけでなく、「長時間労働を美徳とする文化」からの脱却を、経営層からメッセージ発信することが重要です。弊所の顧問先では、社長自らが「深夜22時以降はメッセージを送らない」と宣言し、文化が変わった事例があります。
勤務間インターバル導入の助成金は、どの程度受けられますか?
2026年4月時点の目安として、9時間以上11時間未満の新規導入で上限40万円、11時間以上の新規導入で上限100万円です。対象経費は、労務管理者・労働者向け研修費用、労務管理用機器の導入費、勤怠管理システムの費用、社労士等の専門家コンサルティング料、就業規則等の作成変更費用などです。パソコン・タブレット等は原則として対象外です。交付申請の受付期間が年度により変動するため、最新情報は都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)にご確認ください。
緊急対応の必要な業種(病院・インフラ等)でも勤務間インターバルは導入できますか?
可能です。就業規則に「顧客対応・システム障害等、やむを得ない場合は休息時間を短縮できる」といった例外規定を設ければ、オンコール体制との両立が可能です。ただし、例外が恒常化するとインターバル制度の実質が失われるため、例外適用回数の月次モニタリングと、翌日以降の休息時間での補填運用を組み合わせることが重要です。医療機関では「宿直明けは翌日休息」を就業規則で保証する運用が一般的です。
小規模な会社でも「つながらない権利」に対応すべきですか?
従業員数に関わらず、対応することを推奨します。小規模企業ほど「社長・経営層が深夜休日に連絡する」文化が強く、若手人材の離職要因になっています。法制化前であっても、採用候補者から「深夜の連絡はあるか」と質問されるケースが増えており、採用力強化の観点でも先行対応がプラス効果をもたらします。就業規則改定といった大規模な制度変更なしで、「社内の業務連絡ルールブック」の配布だけでも効果があります。
まとめ
📋 この記事のポイント
- 「つながらない権利」は日本で未法制化、2026年労基法大改正で議論中(ガイドライン策定の方向)
- フランス・イタリア・スペイン・EU・カナダ・オーストラリアで先行制度化
- 勤務間インターバル制度は2019年4月から努力義務化、助成金の対象
- 助成金は9時間新規導入で上限40万円、11時間新規導入で上限100万円
- 出社回帰は採用時の条件次第、フルリモート採用者への一方的な変更は困難
- 業務連絡ルールの明文化・管理職研修・システム的制限の3点セットで対応
- 早期の先行対応が採用力強化・離職率低下に直結
「つながらない権利」と出社回帰は、一見対立する潮流に見えますが、どちらも「労働時間の境界をどう設計するか」という同じ論点です。法制化を待つのではなく、勤務間インターバル(すでに努力義務化)と業務連絡ルールの明文化を組み合わせることで、採用力・生産性・従業員満足度を同時に高められます。鮎澤パートナーズでは、社会保険労務士・税理士・公認会計士・行政書士が連携し、規程整備・助成金申請・税務処理までワンストップでサポートします。
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