移転価格税制と税務調査|海外取引・外国法人との取引の調査ポイントと中小企業の対策

監
鮎澤パートナーズ代表 鮎澤 竜哉
公認会計士 第47928号・税理士 第159175号・社会保険労務士 第13240067号・行政書士 第24061284号
年間100社以上の法人決算・会社設立・税務調査対応を支援。
海外子会社・親会社との取引を行う日本法人向けに、移転価格税制の基本・調査の典型指摘・文書化義務・中小企業の実務対策まで、税理士が整理します。
🏆 結論:令和5事務年度の移転価格申告漏れは512億円、中小企業でも調査対象に
移転価格税制は「海外関連者(50%超の資本関係)との取引価格が独立企業間価格から乖離している場合に、乖離分を日本の所得に引き戻して課税する制度」です。令和5事務年度の申告漏れ所得金額は512億円、1件当たり約4.1億円。近年は中小企業(売上50億円未満)への調査も増加傾向にあり、文書化義務の対象外でも調査対象となる可能性があります。対策の基本は①取引価格の合理性を文書で残す②同時文書化対象なら期日前準備③事前確認制度(APA)の検討です。
移転価格税制とは何か
基本のしくみと課税の考え方
移転価格税制は、租税特別措置法第66条の4に基づく国際課税制度で、日本法人と海外の関連者(50%以上の資本関係にある法人等)との取引価格が、独立企業間価格(第三者との通常取引価格)から乖離している場合、乖離分を日本の所得に引き戻して追加課税する仕組みです。
💡 課税の簡単な例
日本の親会社が、中国の子会社に製品を1個1,000円で販売している。第三者との通常取引価格は1個1,500円。この場合、1個あたり500円の移転価格の問題が発生します。年間10万個の取引なら、500円×10万個=5,000万円が日本の所得から海外子会社に移転しているとみなされ、この5,000万円が日本で追加課税されます。
対象となる「国外関連者」の定義
租税特別措置法施行令第39条の12に基づき、以下の関係にある外国法人が国外関連者となります。詳細な判定基準は国税庁「移転価格税制の執行に関する情報」で確認できます。
- 直接・間接の保有関係:日本法人が50%以上の発行済株式を保有する外国法人(またはその逆)
- 同一の第三者による保有関係:同じ親会社から50%以上保有されている兄弟会社(外国法人)
- 役員兼任関係:役員の2分の1以上または代表権を有する役員が実質的に決定権を持つ関係
- 事業支配関係:取引・資金の相当部分に依存関係があり、事業方針が実質的に決定される関係
令和5事務年度の移転価格調査の実態
調査実績と追徴規模
国税庁の令和5事務年度 法人税等の調査事績の概要によれば、移転価格税制に関する調査実績は以下のとおりです。
| 指標 |
令和4年度 |
令和5年度 |
変動 |
| 非違件数 | 149件 | 125件 | 減少 |
| 申告漏れ所得金額 | 392億円 | 512億円 | 約30%増 |
| 1件当たり申告漏れ所得 | 2.6億円 | 4.1億円 | 約58%増 |
件数は減少している一方、1件当たりの申告漏れ金額は58%も増加しています。調査対象が厳選され、大型・複雑な案件に集中している構造です。
中小企業にも調査の波が広がっている
従来の移転価格調査は、資本金1億円超の大規模法人(国税局調査部所管)が中心でした。しかし令和2年以降、税務署所管の中小企業(資本金1億円以下)に対する移転価格指摘が増加しています。
変化の背景は以下です。
- 平成28年度税制改正による移転価格文書化制度の整備で、中小規模でも資料の入手が容易に
- 税務署に国際税務専門官が配置され、一般調査部門での指摘能力が向上
- 一般調査部門でも移転価格テーマを同時調査できるよう、令和2年7月から体制変更
- CbCレポート(国別報告事項)の自動交換により、グループの海外利益配分が可視化
📢 中小企業の移転価格リスク事例
弊所の実務経験では、海外子会社への技術ロイヤリティや役務提供報酬の料率設定が甘く、税務調査で追徴を受けるケースが増えています。特に「設立当初にコンサルが設定した料率をそのまま10年以上使い続けていた」「現地子会社の利益率が日本親会社より大幅に高い」というパターンは要注意です。中小企業でも売上3億円超・海外関連取引年1,000万円超の規模から調査対象となるリスクが顕在化しています。
海外取引に対する税務調査の典型指摘7類型
移転価格税制以外も含め、海外取引がある法人で税務調査の指摘対象になりやすい7類型を整理します。
類型1:国外関連者への寄附金認定
海外子会社の債務超過を補填するための無償送金、本来海外子会社が負担すべき費用の日本側負担などが、国外関連者への寄附金(租税特別措置法第66条の4第3項)として全額損金不算入になります。
類型2:移転価格の実質的な乖離
日本側の利益率が同業他社より著しく低い、海外子会社側の利益率が異常に高い場合、移転価格税制の適用対象となります。特に、日本側が赤字で海外子会社が黒字の構造は要調査対象です。
類型3:過少資本税制・過大支払利子税制
海外関連者からの借入金の負債対資本比率が3:1を超える場合、超過部分の支払利息が損金不算入(過少資本税制、租税特別措置法第66条の5)。また、支払利子が調整所得金額の20%を超える部分も損金不算入(過大支払利子税制、同第66条の5の2)。
類型4:タックスヘイブン対策税制(CFC税制)
外国子会社の実効税率が20%未満で、能動的事業基準を満たさない場合、海外子会社の所得を日本親会社の所得に合算して課税(租税特別措置法第66条の6)。
類型5:源泉徴収漏れ
海外の役務提供者(日本に恒久的施設を有しない非居住者)への支払時に、所得税法第212条に基づく20.42%の源泉徴収が漏れているケース。ソフトウェア使用料・技術指導料・コンサルティング報酬の支払で頻発します。
類型6:消費税の国境税務
輸出免税の適用要件(消費税法第7条・同施行規則第5条)の不備、輸出証明書類の保存漏れ。また、電気通信利用役務の提供(Google広告・Amazon Web Services等)の消費税処理漏れ。
類型7:恒久的施設(PE)の認定
海外法人が日本で事業活動を継続している場合、法人税法第2条第12号の19の恒久的施設(支店PE・建設PE・代理人PE)が認定され、日本での納税義務が生じる。在宅勤務の増加でPE認定の議論が活発化しています。
移転価格文書化制度の3区分
平成28年度税制改正で整備された文書化制度は、事業規模に応じて3段階の文書作成・提出義務を課しています。
| 文書の種類 |
作成義務者 |
内容 |
提出・保存期限 |
ローカルファイル (独立企業間価格算定資料) | 国外関連取引合計50億円以上 または無形資産取引3億円以上 | 取引価格の算定根拠・比較対象企業の選定等 | 確定申告期限までに作成、7年保存 |
マスターファイル (事業概況報告事項) | 最終親会社連結総収入1,000億円以上 | 多国籍企業グループの全体概要 | 事業年度終了後1年以内にe-Tax提出 |
CbCレポート (国別報告事項) | 最終親会社連結総収入1,000億円以上 | 国別の売上・利益・税金・従業員数等 | 事業年度終了後1年以内にe-Tax提出 |
同時文書化免除取引でも注意が必要
国外関連取引合計50億円未満・無形資産取引3億円未満の中小企業でも、調査時に独立企業間価格の算定資料を求められることがあります。文書化義務がない=何も書類を準備しなくてよい、という誤解は避けるべきです。
💡 実務のポイント
中小企業でも「海外子会社との取引価格がどのように決定されたか」を説明できる資料(契約書・価格計算書・比較対象の類似取引事例)を保管しておくことが現実的な対策です。正式なローカルファイルの体裁まで整える必要はありませんが、調査時に「価格決定の合理性を示す資料」を1週間以内に提出できる状態を維持することが、調査の早期終結に直結します。
独立企業間価格の算定方法
租税特別措置法第66条の4第2項に基づき、独立企業間価格の算定方法は以下の5つがあります。
基本3法
- 独立価格比準法(CUP法):第三者との同種取引価格と比較。最も直接的だが、比較対象が限られる
- 再販売価格基準法(RP法):再販売価格から通常の売上総利益率を控除して算定。卸・小売業向け
- 原価基準法(CP法):原価に通常の売上総利益を加算して算定。製造業・役務提供業向け
その他の方法
- 取引単位営業利益法(TNMM):業界の平均的な営業利益率水準と比較。実務上最も多用される方法
- 利益分割法(PS法):関係会社間の結合利益を寄与度に応じて配分。独自の無形資産がある場合
中小企業で最も現実的なのは、TNMM(取引単位営業利益法)です。同業他社の営業利益率の四分位範囲(25〜75%)に日本側の利益率が収まっていれば、移転価格課税リスクは大幅に低下します。
事前確認制度(APA)の活用
APAとは
APA(Advance Pricing Arrangement)は、将来の移転価格について、事前に税務当局と合意しておく制度です。租税特別措置法関係通達66の4(6)-1〜66の4(6)-17に基づき、以下の3類型があります。
| 種類 |
対象 |
特徴 |
| ユニラテラルAPA | 日本の税務当局のみ | 日本での課税回避のみ、海外側は別途リスク |
| バイラテラルAPA | 日本+相手国税務当局 | 両国で合意、二重課税リスク排除 |
| マルチラテラルAPA | 3か国以上 | グローバル多国間合意、最も強力 |
APAのメリットとデメリット
🧮 APA活用のメリット・デメリット
メリット:将来の移転価格課税リスクを事前に排除/調査での指摘が事実上なくなる/二重課税リスクが軽減
デメリット:申請から合意まで平均2〜3年の期間/資料作成と交渉の専門家コストが数百万円〜/事業計画変更時に再交渉が必要
APAは主に大企業・海外子会社が多い多国籍グループ向けですが、中小企業でも海外関連取引が年間数億円規模で継続する場合は検討の価値があります。
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中小企業が取るべき移転価格の実務対策
対策1:取引の価格決定プロセスを文書化する
文書化義務の有無に関わらず、海外関連者との取引価格がどのように決定されたかを示す資料を作成・保管することが最重要です。最低限、以下の3点は揃えておきます。
- 契約書:取引価格・決済条件・数量・サービス範囲を明記(最新版を保管)
- 価格決定の根拠資料:類似取引の市場価格データ、原価計算書、マージン設定の論理
- 取引実績の管理表:年度別の取引量・金額・利益率の推移
対策2:同業他社の利益率と比較する
業種別の営業利益率データ(中小企業実態基本調査、TP分析ツール等)と日本側の利益率を定期的に比較し、四分位範囲から大きく外れていないか確認します。範囲を外れる場合は、その理由(立地・市場成熟度・事業特性等)を文書で残します。
対策3:役務提供取引を個別に検証する
物品販売だけでなく、本社機能の役務提供(経理・人事・IT・法務等)の対価も移転価格の対象です。無償で役務提供している場合、寄附金認定または移転価格課税のリスクが発生します。年間5,000万円以上の役務提供なら、手数料率(コストプラス方式5%等)を設定すべきです。
対策4:定期的な見直しを行う
一度決めた価格設定を5年以上放置するのは危険です。市場環境・為替・事業構造の変化を踏まえ、少なくとも3年に1度は価格の見直しを行います。
対策5:国際税務に強い税理士と顧問契約する
国内税務と国際税務は専門領域が大きく異なります。海外関連取引がある法人は、国際税務の経験があり、英文契約書の読解や現地税制の理解がある税理士と顧問契約するのが合理的です。選び方は「税務調査に強い税理士の選び方と立会い費用の相場」で整理しています。
よくある質問(FAQ)
海外子会社の資本金が少額でも移転価格税制の対象ですか?
はい、資本金の多寡ではなく「50%以上の資本関係・役員兼任・事業支配のいずれか」に該当するかで判定されます。海外子会社の規模が数百万円でも、日本の親会社との取引があれば移転価格税制の対象です。
海外関連取引が年間1,000万円程度でも調査されますか?
金額が小さければ移転価格税制単独での調査対象になる可能性は低いですが、一般の法人税調査の中で海外取引の妥当性が検証されます。特に、日本側の利益率が同業他社より大幅に低い場合、移転価格以外の論点(寄附金認定・源泉徴収漏れ等)での指摘はありえます。
ローカルファイルの作成は自社でできますか?
技術的には可能ですが、比較対象企業の選定・TNMM等の分析には専門的な知見が必要です。一般的には国際税務を専門とする税理士法人やBIG4系コンサルティングファームに依頼し、費用は年間100〜500万円(取引規模・複雑度による)が目安です。
事前確認制度(APA)の費用はどれくらいかかりますか?
申請費用(国税庁への書類提出・事前相談)は無料ですが、資料作成・分析・税務当局との交渉を専門家に依頼する費用は、ユニラテラルで500万〜2,000万円、バイラテラルで1,500万〜5,000万円が相場です。合意までの期間は2〜3年かかります。
海外子会社への貸付金の利息はどう設定すべきですか?
独立企業間で合理的に成立する金利水準(現地通貨建ての市場金利+スプレッド)を設定します。無利息貸付は寄附金認定リスクが高く、実務では通貨別にLIBORまたは各国の基準金利+1〜3%のスプレッドを適用する例が多いです。
海外出張時の役員の出張費を子会社負担にしてよいですか?
親会社の業務として出張する場合は親会社負担が原則です。子会社の業務に関連する場合のみ子会社負担が許容されます。本社機能の出張(グループ統括業務等)を子会社負担にすると、逆方向の移転価格問題(子会社から親会社への利益移転)が指摘される可能性があります。
海外子会社に技術指導を行う場合、ロイヤリティを設定すべきですか?
技術・ノウハウ・商標等の無形資産の提供は、独立企業間では通常ロイヤリティ(売上の3〜7%等)が発生します。無償提供は移転価格課税または寄附金認定の対象となります。契約書で明確に料率を定めることが重要です。
移転価格課税を受けた場合、どれくらいの追徴税額になりますか?
令和5事務年度の1件当たり申告漏れ所得は4.1億円、これに法人税率23.2%と地方税を加えると1件あたり約1.2〜1.5億円の追徴です。さらに過少申告加算税10〜15%と延滞税(年7.3%)が加算されます。大型事案では追徴が数十億円規模になることも珍しくありません。
まとめ
📋 この記事のポイント
- 移転価格税制は50%以上の資本関係にある海外関連者との取引価格を対象とする制度
- 令和5事務年度の申告漏れ所得は512億円、1件当たり4.1億円と大型化
- 中小企業にも調査の波が広がり、税務署所管法人での指摘が増加
- 海外取引の典型指摘は移転価格以外に、寄附金認定・過少資本税制・CFC・源泉徴収漏れ・消費税・PE認定等の7類型
- 文書化制度は3区分(ローカルファイル50億円以上、マスター・CbCは連結1,000億円以上)
- 中小企業の対策は①価格決定の文書化 ②同業他社との利益率比較 ③役務提供の対価設定 ④3年に1度の見直し ⑤国際税務専門税理士との連携
海外関連取引のある法人は、文書化義務の有無に関わらず、取引価格の合理性を示す資料を平時から整備しておくことが、税務調査を乗り切る最大の武器です。国際税務は国内税務と専門領域が異なるため、早期に専門家と連携することが安全策です。
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