【公認会計士×税理士が解説】損益分岐点分析の実務|限界利益・貢献利益から目標売上高を算出する方法

監
鮎澤パートナーズ代表 鮎澤 竜哉
公認会計士 第47928号・税理士 第159175号・社会保険労務士 第13240067号・行政書士 第24061284号
年間100社以上の法人決算・会社設立・税務調査対応を支援。
損益分岐点分析の実務|限界利益・貢献利益から目標売上高を算出する方法
「いくら売れば黒字になるのか」「目標利益を達成するための売上はいくらか」。この素朴な問いに答えるのが損益分岐点分析(CVP分析)です。本記事では公認会計士・税理士として年間100社以上の中小企業で実践してきた手法を、7ステップの実務フローと業種別目安、4つの目標利益シミュレーションを交えて解説。限界利益・貢献利益の混同しやすい区別、固定費・変動費の分解手法、部門別採算管理への応用まで、明日から使える形でお届けします。
🏆 結論:損益分岐点分析は「費用構造を見える化し、経営判断の羅針盤にする」実務ツール
損益分岐点売上高は「固定費÷限界利益率」で求められますが、真の価値は計算そのものではなく、「売価を1%上げたら利益がいくら増えるか」「固定費を100万円削減したら損益分岐点がいくら下がるか」という感度分析にあります。実務では、①費用を変動費と固定費に分解、②変動費率と限界利益率を算出、③損益分岐点を求める、④安全余裕率で経営体力を診断、⑤目標利益から必要売上を逆算、⑥4つの改善策で感度分析、⑦部門別・商品別に応用、の7ステップで運用します。業種別の目安として、安全余裕率は製造業15〜20%、小売業10〜15%、飲食業5〜10%、サービス業20〜30%が一般的で、自社の位置を把握することが経営改善の出発点になります。
損益分岐点分析とは|3つの基本概念の関係
損益分岐点分析(Break-Even Point Analysis、BEP分析)は、売上高・費用・利益の関係を数式化し、経営判断に活かす管理会計の代表的な手法です。英語では「CVP分析(Cost-Volume-Profit Analysis)」と呼ばれ、米国の原価計算・管理会計の標準ツールとして1920年代から実務で使われてきました。
実務で使いこなすには、3つの基本概念の関係を正確に押さえることが出発点になります。変動費・固定費の分解、限界利益・貢献利益の違い、そして損益分岐点の意味です。それぞれを順に見ていきましょう。
変動費と固定費の分解がすべての出発点
損益分岐点分析の第一歩は、会社のすべての費用を「変動費」と「固定費」の2つに分類することです。この分解ができていないと、どれだけ計算式を覚えても実務で使えません。
| 区分 |
定義 |
代表例 |
| 変動費 | 売上や生産量に比例して増減する費用 | 材料費・仕入原価・外注費・販売手数料・運賃・決済手数料 |
| 固定費 | 売上や生産量に関係なく一定額発生する費用 | 地代家賃・人件費(基本給)・減価償却費・保険料・リース料・通信費・水道光熱費の基本料金部分 |
📊 公認会計士の視点
実務では、費用を厳密に変動費と固定費に分けることは困難です。たとえば電気料金は基本料金(固定費)と従量料金(変動費)の混合ですし、人件費も残業代や歩合給の比率によって性質が変わります。そのため現場では「どちらの性質が強いか」で便宜的に分類する「勘定科目法」が最も使われています。精度より継続性を重視し、一度決めた分類ルールを変えないことが重要です。
限界利益と貢献利益の違い(ここを混同する人が多い)
「限界利益」と「貢献利益」は、多くの解説記事で区別されずに使われていますが、厳密には異なる概念です。実務の会話で相手と齟齬が生じないよう、定義を押さえておきましょう。
| 指標 |
計算式 |
用途 |
| 限界利益 | 売上高 − 変動費 | 会社全体の損益分岐点分析・追加受注の可否判断 |
| 貢献利益 | 売上高 − 変動費 − 直接固定費(そのセグメント固有の固定費) | 部門別・商品別・店舗別の採算管理 |
たとえば会社全体では「限界利益」を見ますが、A店舗・B店舗の採算を比較するときはA店舗の家賃・A店舗の店長給与といった「A店舗固有の固定費」を差し引いた「貢献利益」で比較します。本社管理部門の給与のような共通固定費は各店舗に按分しない(あるいは最後に一括控除する)のがセオリーです。
損益分岐点とは「利益ゼロとなる売上高」
損益分岐点(BEP)とは、売上高と総費用が一致し、利益がちょうどゼロになる売上水準のことです。この点を上回れば黒字、下回れば赤字となるため、経営者が最初に把握すべき「黒字と赤字の分水嶺」となります。
💡 実務のポイント
損益分岐点を把握せずに経営している中小企業は実は多く、「今月はなんとなく儲かった気がする」「赤字の月があってもなぜ赤字なのかわからない」という経営者は少なくありません。月次試算表を見るだけでは「赤字の構造的原因」が見えません。損益分岐点分析を1度でも実施すれば、「あと月商300万円届かないから赤字だ」「固定費を50万円削れば損益分岐点が150万円下がる」といった構造的な理解が得られます。
損益分岐点売上高の計算式と実例
損益分岐点の計算式は、慣れれば電卓で3秒で計算できるシンプルなものです。ここでは計算式と実例を、段階を踏んで解説します。
基本公式|損益分岐点売上高=固定費÷限界利益率
損益分岐点売上高を求める公式は以下の通りです。
📐 損益分岐点売上高の公式
① 限界利益率 = 限界利益 ÷ 売上高 = 1 − 変動費率
② 変動費率 = 変動費 ÷ 売上高
③ 損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率
この式は「固定費を回収するために、何円の売上が必要か」を意味します。限界利益率が40%なら、売上100円のうち40円が固定費回収・利益獲得に回る、という考え方です。
実例|カレー専門店の損益分岐点
具体例で計算してみましょう。ある駅前のカレー専門店の収支構造は以下の通りとします。
🍛 カレー専門店のモデルケース
- 販売単価: 1,000円/皿
- 1皿あたり変動費(食材・容器): 350円
- 月間固定費(家賃・人件費・水道光熱費の基本料): 130万円
ここから計算していきます。
| 項目 |
計算 |
値 |
| 変動費率 | 350 ÷ 1,000 | 35% |
| 限界利益率 | 1 − 0.35 | 65% |
| 1皿あたり限界利益 | 1,000 − 350 | 650円 |
| 損益分岐点売上高 | 1,300,000 ÷ 0.65 | 2,000,000円 |
| 損益分岐点販売数量 | 1,300,000 ÷ 650 | 2,000皿 |
この店は月商200万円(月2,000皿、1日平均約67皿)を超えると黒字になります。仮に月商が250万円だったとすれば、250万 − 200万 = 50万円の差が「利益の種」となり、この50万円に限界利益率65%を掛けた32.5万円(実際には差額50万円のうち35%が追加変動費なので、厳密には50万円×65%)が営業利益の純増分となります。
計算の考え方の詳細は中小機構が公開しているJ-Net21の損益分岐点解説でも確認できますので、数値感の参考にしてください。
目標利益を加味した「必要売上高」の公式
実務では「利益ゼロ」より「目標利益を達成する売上高」が重要です。公式を拡張します。
📐 目標利益達成売上高の公式
必要売上高 = (固定費 + 目標利益) ÷ 限界利益率
先ほどのカレー店で「月間営業利益50万円」を目標とする場合、(130万 + 50万) ÷ 0.65 ≒ 277万円 が必要売上高となります。
損益分岐点分析の7ステップ実務フロー
ここから実務で実際に進める手順を、7ステップに分けて解説します。このフローは中小企業の管理会計導入時に鮎澤パートナーズで使用している標準手順です。
ステップ1:費用を変動費と固定費に分解する
試算表(損益計算書)の全費用科目を1つずつ変動費・固定費に振り分けます。分解の手法には3パターンあります。
| 手法 |
内容 |
中小企業での推奨 |
| 勘定科目法 | 各勘定科目を「変動費性が強いか」で一律分類 | ◎ 最も一般的・簡便 |
| 散布図法 | 過去12〜24ヶ月の売上と費用をグラフ化し目視で分解 | ○ 混合費がある場合有効 |
| 最小二乗法 | 統計的手法で変動費率と固定費を算出 | △ 精度高いが手間大 |
💡 実務のポイント
中小企業では勘定科目法で十分です。最初はざっくりと「材料費・仕入・外注費・運賃・販売手数料」を変動費、それ以外を固定費にするだけでも経営判断には十分使えます。厳密な分解に時間をかけるより、ざっくり分解したデータで毎月PDCAを回すほうが経営改善に直結します。
ステップ2:変動費率と限界利益率を算出する
月次試算表から以下の3つを計算します。
- 変動費率 = 変動費合計 ÷ 売上高
- 限界利益率 = 1 − 変動費率
- 限界利益額 = 売上高 − 変動費合計
ステップ3:損益分岐点売上高を求める
固定費 ÷ 限界利益率 で算出します。実務ではExcelで以下のように組むと便利です。
📋 Excel式テンプレート
A1: 売上高 100,000,000
A2: 変動費 40,000,000
A3: 固定費 50,000,000
A4: 限界利益率 =1-A2/A1(→ 0.6)
A5: 損益分岐点売上高 =A3/A4(→ 83,333,333)
A6: 安全余裕率 =(A1-A5)/A1(→ 16.67%)
ステップ4:安全余裕率で経営体力を診断する
安全余裕率(=損益分岐点比率の逆指標)は、現在の売上が損益分岐点からどれだけ余裕があるかを示します。
📐 安全余裕率の公式
安全余裕率 = (実際売上高 − 損益分岐点売上高) ÷ 実際売上高 × 100
損益分岐点比率 = 損益分岐点売上高 ÷ 実際売上高 × 100 = 100 − 安全余裕率
業種別の目安は以下の通りです。
| 業種 |
安全余裕率目安 |
損益分岐点比率目安 |
解説 |
| 製造業 | 15〜20% | 80〜85% | 設備投資による減価償却が固定費で重い |
| 卸売業 | 5〜10% | 90〜95% | 変動費率が高く利益率は低い |
| 小売業 | 10〜15% | 85〜90% | 仕入原価+店舗家賃・人件費が重い |
| 飲食業 | 5〜10% | 90〜95% | 家賃・人件費の固定費比率が高く脆弱 |
| サービス業 | 20〜30% | 70〜80% | 変動費少なく、人件費以外は軽い |
| IT・SaaS | 30〜50% | 50〜70% | 限界利益率が極めて高い |
※業種・規模により変動します。目安として参考にしてください。中小機構の経営自己診断システムで自社の業種別ベンチマークを確認できます。
⚠️ 注意
安全余裕率が5%を切る状態が続く企業は、売上が少し落ちただけで即赤字に転落する「赤字耐性ゼロ」の状態です。経営者保証解除の交渉や銀行借入の審査でも、損益分岐点比率90%超の企業は極めて慎重に見られます。まず損益分岐点比率を85%以下に下げることを経営改善の当面の目標に据えるのがセオリーです。
ステップ5:目標利益から必要売上高を逆算する
次年度の予算策定や中期経営計画で「営業利益○○万円を達成したい」という目標がある場合、必要売上高を逆算します。
たとえば、現状が「売上1億円・変動費4,000万円・固定費5,000万円・営業利益1,000万円」の会社が、次年度「営業利益2,000万円」を目指すなら:
🧮 目標利益達成の逆算シミュレーション
必要売上高 = (固定費5,000万円 + 目標利益2,000万円) ÷ 限界利益率60%
= 7,000万円 ÷ 0.6 = 約1億1,667万円
→ 現状の1億円から約16.7%の売上増(約1,667万円の増収)が必要
ステップ6:4つの改善策で感度分析を行う
目標利益達成のための選択肢は、実は4つしかありません。感度分析で効果を比較します。
| 改善策 |
具体例(現状: 売上1億・変動費4,000万・固定費5,000万・利益1,000万) |
改善後利益 |
| ①売上高を10%増やす | 売上1.1億・変動費4,400万・固定費5,000万 | 1,600万(+60%) |
| ②変動費率を5pt下げる | 売上1億・変動費3,500万(仕入交渉・原価改善) | 1,500万(+50%) |
| ③固定費を10%削減 | 売上1億・固定費4,500万(人員見直し・家賃交渉) | 1,500万(+50%) |
| ④売価を3%引き上げ | 売上1.03億・変動費4,000万・固定費5,000万 | 1,300万(+30%) |
⭐ 最優先: ②③(即効性あり)
この表から読み取れるのは、売上10%増と固定費10%削減は同じ500万円の追加利益をもたらすが、難易度が大きく異なるという事実です。新規受注の開拓は外部環境に依存するため不確実性が高い一方、固定費削減は経営者の意思決定だけで確実に実行できます。実務では②③の社内改革を先行させ、そのうえで①④の外向き施策に取り組むのが定石です。
ステップ7:部門別・商品別の採算管理に応用する
会社全体の損益分岐点を押さえたら、次は部門別・商品別の「貢献利益分析」に進みます。ここで先ほど解説した「限界利益と貢献利益の違い」が重要になります。
🔷 セグメント別採算の計算順序
売上高
− 変動費
= 限界利益
− 直接固定費(そのセグメント固有の固定費: 店舗家賃・店長給与など)
= 貢献利益 ← セグメントの存続判断はここで行う
− 共通固定費(本社管理費など、会社全体で最後に一括控除)
= 営業利益
貢献利益がプラスなら、そのセグメントは共通固定費の一部を回収できており「存続価値あり」となります。貢献利益がマイナスなら、そのセグメントを閉鎖することで会社全体の利益は増える(共通固定費はセグメントを閉じても残るため、閉鎖による損失はない)という判断が成り立ちます。
損益分岐点を下げる4つの戦略
損益分岐点を下げれば、少ない売上でも黒字化できる「強い経営」に近づきます。戦略は大きく4つに整理できます。
戦略1:固定費の削減(最優先・効果大)
固定費は売上に関係なく発生するため、削減効果が損益分岐点に直接効きます。カレー店の例で、月次固定費130万円を100万円に削減すると、損益分岐点売上高は200万円から約154万円に下がり、46万円も下がる計算です。
💡 実務のポイント
固定費削減の優先順位は、通信費・リース料・保険料・地代家賃の交渉→外注費・広告費の見直し→人件費の配置転換、の順が基本です。人件費削減は最後の手段とし、まずは経費の見直しから着手します。詳細は コスト削減の具体的手法と価格戦略 でステップごとに解説しています。
戦略2:変動費率の改善(限界利益率を上げる)
仕入交渉・原価改善・歩留まり向上・廃棄ロス削減などで変動費率を下げると、限界利益率が上がり、損益分岐点が下がります。変動費率を5pt下げると、限界利益率は5pt上がるため、損益分岐点は「固定費÷新しい限界利益率」で計算し直します。
戦略3:売価の引き上げ
売価引き上げは限界利益率の改善と同じ効果を持ちます。ただし需要の価格弾力性により販売数量が減少するリスクがあるため、感度分析(売価3%アップで数量が何%まで減ると利益が維持されるか)を事前に行う必要があります。
戦略4:販売数量の拡大(売上増)
新規顧客開拓・既存顧客のリピート率向上・クロスセルなどで売上を拡大する戦略です。ただし売上増には時間がかかり、追加的な変動費も発生するため、短期の利益改善効果は戦略1・2より劣ります。
AYUSAWA PARTNERS
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多品種企業の損益分岐点分析
複数商品を扱う企業では、商品ごとに限界利益率が異なるため「加重平均限界利益率」で会社全体の損益分岐点を求めます。
加重平均限界利益率の算出方法
A商品・B商品・C商品の3つを販売するケースで考えます。
| 商品 |
売上高 |
変動費 |
限界利益 |
限界利益率 |
| A商品 | 3,000万 | 1,200万 | 1,800万 | 60% |
| B商品 | 5,000万 | 3,500万 | 1,500万 | 30% |
| C商品 | 2,000万 | 1,000万 | 1,000万 | 50% |
| 合計 | 1億 | 5,700万 | 4,300万 | 43% |
会社全体の加重平均限界利益率は43%。固定費が3,000万円なら損益分岐点売上高は3,000万 ÷ 0.43 ≒ 約6,977万円となります。
プロダクトミックスの最適化
各商品の限界利益率を比較すると、A商品(60%)が最も高く、次いでC商品(50%)、B商品(30%)の順です。売上構成比をA商品寄りに変化させることができれば、加重平均限界利益率が上がり、会社全体の損益分岐点が下がります。
📊 公認会計士の視点
B商品を減らしてA商品を増やす「プロダクトミックス改善」は最も手をつけやすい施策です。ただし、B商品が「集客商品」としてA商品の販売を支えている場合は、単純に減らすとA商品の売上も連動して減少するリスクがあります。実務では「単品での採算」と「顧客単価への寄与度」の両面で見て判断する必要があります。
損益分岐点分析のよくある誤解と落とし穴
誤解1:変動費と固定費の境界は明確ではない
すべての費用を純粋な変動費・固定費に分けるのは理論上不可能です。実務では「準変動費(基本料+従量料)」「準固定費(生産量が一定範囲を超えると階段状に増える費用)」が存在します。たとえば社員1人当たりの担当範囲を超えると2人目を雇う必要がある、という人件費は「準固定費」の典型例です。
誤解2:損益分岐点は万能ではない
損益分岐点分析は「短期・単一事業」の経営判断には強力ですが、長期の設備投資判断や複数事業のポートフォリオ管理には限界があります。長期意思決定には正味現在価値(NPV)法・内部収益率(IRR)法といった投資評価指標を併用します。
誤解3:損益分岐点を下げすぎると成長機会を失う
損益分岐点比率を下げることは安全性向上に繋がりますが、過度な固定費削減は将来の成長投資(人材・設備・研究開発)を削ることになり、中長期の競争力低下を招きます。安全余裕率20〜30%を保ちつつ、残りは戦略的投資に振り向けるバランスが重要です。
損益分岐点分析を活かした経営判断の実例
実例1:追加受注の可否判断
「通常価格の70%で100個追加受注が入った。受けるべきか?」という意思決定を考えます。通常価格1,000円・変動費350円・固定費は既に回収済みとすれば:
🧮 追加受注判断のシミュレーション
値引き後販売価格: 1,000 × 0.7 = 700円
1個あたり変動費: 350円
1個あたり限界利益: 700 − 350 = 350円 → プラス
100個で追加利益: 350 × 100 = 35,000円増
→ 既存顧客への影響なしなら「受注すべき」
通常価格の70%でも限界利益がプラスであれば、受注するほど会社全体の利益は増えます。ただし既存顧客に値引きの事実が知られると既存価格の下落を招くリスクがあるため、「顧客分離が可能か」の確認が前提です。
実例2:自社生産 vs 外部委託の判断
自社生産コスト(変動費+追加固定費)と外部委託コストを比較する際も、損益分岐点の考え方が使えます。外部委託は全額変動費になるため、売上が一定水準を超えると自社生産のほうが有利になる「切り替えポイント」を計算できます。
実例3:撤退判断(セグメント閉鎖の可否)
赤字の事業部門を閉鎖すべきか否かは、「貢献利益がプラスかマイナスか」で判断します。貢献利益がプラスなら、その部門は共通固定費の一部を回収しているため、閉鎖すると会社全体の利益が減ります。貢献利益がマイナスなら閉鎖することで会社全体の利益は増えます。
管理会計ツールと実装方法
Excelで損益分岐点分析を始める
最初はExcelでシンプルに始めるのが現実的です。以下の項目を月次で入力すれば、損益分岐点と安全余裕率が自動計算されるテンプレートが作れます。
- 月次売上高・月次変動費(材料費・仕入・外注費・販売手数料)・月次固定費(人件費・家賃・減価償却など)
- 12ヶ月の推移を並べ、損益分岐点比率の季節変動を可視化
- グラフ化して経営会議の資料として毎月活用
クラウド会計+BIツールでの自動化
freeeやマネーフォワードクラウド会計にはダッシュボード機能があり、損益分岐点を自動表示できます。より高度な分析が必要なら、Google Looker Studio(旧Data Studio)やTableau・Power BIと連携させて、部門別・商品別の貢献利益を動的に可視化できます。
🔷 ツール選定の視点
中小企業ならまずはExcel+会計ソフトで始め、月次運用が定着してから必要に応じてBIツールを導入する段階的アプローチが成功率が高いです。最初からBIツールを入れても現場が使いこなせず、「導入したのに誰も見ていない」状態になるケースが多くあります。詳細は 管理会計と財務会計の違い でツール導入の順序を解説しています。
損益分岐点分析と税理士・公認会計士の関わり
税理士法第2条では、税理士の業務として税務代理・税務書類作成・税務相談が規定されていますが、多くの中小企業の顧問税理士は「税務申告の先にある経営支援」も実務として提供しています。損益分岐点分析は、その代表的な経営支援メニューです。
鮎澤パートナーズでは、公認会計士の視点で「財務会計と管理会計の接続」を、税理士の視点で「節税と資金繰りの両立」を、社労士の視点で「人件費構造の最適化」を、行政書士の視点で「補助金・助成金活用による固定費軽減」を、それぞれワンストップで支援しています。4士業の知見を統合することで、単なる損益分岐点計算に留まらない、経営改善の全体設計が可能になります。
📢 実務の進め方
損益分岐点分析は、月次試算表が締まってから3営業日以内に計算し、翌週の経営会議で当月の業績と来月の方針を議論する、というリズムが理想です。詳細は 管理会計の基礎 で解説した月次決算早期化のステップと併せて実装してください。
よくある質問(FAQ)
損益分岐点と損益分岐点比率はどう違うのですか?
損益分岐点は「利益ゼロとなる売上高の金額(例: 8,333万円)」で、損益分岐点比率はそれを実際売上高で割った割合(例: 83%)です。比率で見ると業種間・規模間の比較がしやすくなります。損益分岐点比率が低いほど経営が安定しており、100%を超えると赤字状態を意味します。
変動費と固定費の分類が曖昧な費用はどう扱いますか?
電気料金や水道料金のように基本料金(固定)と従量料金(変動)が混在する「準変動費」は、過去データから変動部分の比率を算出するか、あるいは主たる性質で一律分類する勘定科目法が一般的です。中小企業では後者の簡便法で十分実務対応できます。
人件費は変動費ですか固定費ですか?
正社員の基本給は固定費、パート・アルバイトの時給や歩合給は変動費に近い性質を持ちます。製造業の直接工員の給与は厳密には変動費扱いも可能ですが、中小企業では人件費全体を一括で固定費に分類するケースが多くあります。分類ルールを決めたら毎期継続することが重要です。
減価償却費は固定費ですか?
会計上は固定費として扱います。キャッシュアウトを伴わない費用なので「減価償却前の損益分岐点」を別途計算する企業もあります。銀行は融資判断で「EBITDA(減価償却前営業利益)」を重視するため、減価償却費を除いた損益分岐点を把握しておくと資金調達交渉でも有利です。
赤字なのに損益分岐点分析は意味がありますか?
むしろ赤字企業こそ損益分岐点分析が重要です。現状売上との差額(不足額)と、固定費削減・変動費率改善でどこまで損益分岐点を下げられるかを定量化することで、黒字化の具体的ロードマップが描けます。経営改善計画書の中核データにもなります。
損益分岐点を下げるのに最も効果的な方法は?
即効性と確実性で言えば「固定費削減」が最優先です。ただし人件費を含む固定費カットは従業員のモチベーション低下・退職リスクを招くため、まずは通信費・リース料・保険料・家賃の交渉から着手し、それでも足りない場合に人件費の配置転換を検討するのが実務的順序です。
貢献利益がプラスなのに全体では赤字のセグメントは閉鎖すべき?
結論から言えば、貢献利益がプラスなら「閉鎖すべきでない」のが原則です。貢献利益は共通固定費の回収原資になっているため、閉鎖すると会社全体の利益が減少します。ただし、そのセグメントで使っている経営資源を他のより収益性の高いセグメントに振り向けられる場合は、閉鎖も選択肢になります。
季節変動が大きい商売で年間の損益分岐点はどう考えますか?
繁忙期と閑散期で月次損益分岐点が大きく変動する業種(飲食・観光・小売など)では、年間の累積データで損益分岐点を把握するのが現実的です。月次では「累計売上 vs 累計損益分岐点」でモニタリングし、年度末までに累計が損益分岐点を上回る推移を描けているかを追跡します。
新規事業の損益分岐点はどう計算しますか?
新規事業では過去データがないため、事業計画書に基づく想定変動費率と想定固定費から試算します。不確実性を考慮し、楽観・標準・悲観の3シナリオで試算し、悲観シナリオでも資金繰りが持つ期間(ランウェイ)を確認することが重要です。融資や出資の審査でも3シナリオ試算は高く評価されます。
BEP分析を税理士にお願いするといくらくらいかかりますか?
顧問契約の範囲内で月次決算と併せて実施してくれる税理士事務所も多く、追加料金なしのケースもあります。スポット依頼の場合は1回5〜15万円が相場です。経営改善計画書作成を含めると30〜80万円程度。国の中小企業活性化協議会の支援を活用すれば専門家派遣費用の補助も受けられます。
まとめ
📋 この記事のポイント
- 損益分岐点 = 固定費 ÷ 限界利益率。固定費を回収し利益ゼロになる売上水準
- 限界利益は会社全体の分析、貢献利益は部門別・商品別の採算管理に使う
- 実務フローは7ステップ:費用分解→変動費率算出→BEP計算→安全余裕率診断→目標売上逆算→感度分析→部門別応用
- 業種別の安全余裕率目安:製造業15〜20%、小売10〜15%、飲食5〜10%、サービス20〜30%
- 損益分岐点を下げる4戦略:①固定費削減(最優先)②変動費率改善③売価引上げ④販売量拡大
- 多品種企業は加重平均限界利益率でBEPを算出、プロダクトミックス改善が有効
- 追加受注の可否は「限界利益がプラスか」で判断、貢献利益プラスの部門は閉鎖すべきでない
損益分岐点分析は、1度仕組みを理解すれば誰でも電卓1つで計算できる基礎的なツールですが、その価値は計算結果そのものではなく、感度分析を通じて経営判断の羅針盤となる点にあります。月次試算表を「税務申告の資料」として見るのではなく、「経営改善のデータ」として活用する第一歩として、ぜひ今月の試算表から損益分岐点を計算してみてください。
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